循環経済の原理 ― ドーナツ経済からエレン・マッカーサー財団、そして欧州戦略へ

はじめに

これまで欧州のグリーンディールやCEAP(循環経済行動計画)、そして進行中のCEA(循環経済法)について概観してきました。次回からはESPR(持続可能な製品規則)など具体的な規制に踏み込みますが、その前に「そもそも循環経済とは何か」という原理原則を整理しておきたいと思います。

日本でも「サーキュラーエコノミー」という言葉は広がりつつありますが、背景にある思想や欧州が推し進める理由は意外と見落とされがちです。本稿では、ドーナツ経済のフレームワーク、エレン・マッカーサー財団の設立背景、そして欧州が循環経済を産業戦略として位置づける理由を紐解きます。


1. ドーナツ経済学が示した「限界」

2012年、英国の経済学者ケイト・ラワースが発表した「ドーナツ経済学(Doughnut Economics)」は、世界に大きな衝撃を与えました。

このモデルでは、人間社会の持続可能性を「ドーナツ型」に表現します。

  • 内側の輪 … 教育、食料、住居、医療といった「人間が最低限必要とする社会的基盤」
  • 外側の輪 … 気候変動、生物多様性、土地利用、水資源など「地球が許容できる環境上限」

人類は、この二つの輪の間の「ドーナツの内側」で生きるべきであり、どちらかを超えれば危機が訪れるという考え方です。

従来の経済モデルは「成長至上主義」であり、結果的に環境の限界を突破し、社会格差を広げてきました。ドーナツ経済は、その方向転換を示す新たなコンパスだったのです。

The classic image of the Doughnut; the extent to which boundaries are transgressed and social foundations are met are not visible on this diagram


2. エレン・マッカーサー財団の設立背景

もう一つ、循環経済を語るうえで欠かせない存在が エレン・マッカーサー財団(EMF) です。

財団の設立者であるエレン・マッカーサーは、かつて単独ヨット世界一周レースで最速記録を打ち立てた冒険家でした。限られた食料・燃料・資材を使い切らずに大洋を渡る体験を通じ、彼女は「地球も同じように有限の資源しか持たない」と痛感します。

2010年、彼女は財団を設立し、サーキュラーエコノミーを「産業界・教育界・政策」に広げる活動を開始。現在ではアップル、ユニリーバ、ナイキ、フィリップスといったグローバル企業も参画し、ビジネスモデル転換の実践知を蓄積する拠点となっています。


3. なぜ欧州が旗を振るのか

では、なぜ欧州がここまでサーキュラーエコノミーに力を入れるのでしょうか?

背景には、単なる環境意識だけでなく、いくつかの現実的な要因があります。

  • 資源の脆弱性:欧州は多くの資源を輸入に依存しており、供給不安が常に存在する。
  • 産業競争力:環境規制を先行させることで、世界市場でのルール形成を主導し、自国企業の優位性を確保する狙い。
  • 市民社会の合意:公共政策と市民の参加を重視する文化があり、規制も単なるトップダウンではなく「公共協議(public consultation)」を経て練り上げられる。

つまり、欧州にとって循環経済は「環境規制」ではなく「次世代の産業戦略」であり、社会契約の一部でもあるのです。


4. 豆知識:世界の先進事例

  • 2020年、アムステルダム市 は世界で初めて「ドーナツ経済」を都市政策に導入。市の都市開発・エネルギー計画に組み込みました。
  • EMFのレポート では「9R」(Refuse, Rethink, Reduce, Reuse, Repair...)が整理され、産業界での共通言語になっています。
  • 欧州委員会の文書でも、ドーナツ経済やCEの原理に言及する例が増えています。

おわりに

サーキュラーエコノミーは、単なるリサイクルや廃棄物管理ではなく、経済と社会の新しい在り方を描く思想に根ざしています。その思想を理解することで、規制の「背景」が見え、日本企業も「やらされ感」ではなく「戦略」として向き合えるようになります。

次回からは、具体的な規制の第一歩として ESPR(持続可能な製品規則) を解説していきます。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です