欧州グリーンディールを読み解く
― 循環経済が描く新しい産業競争のルール
はじめに ― なぜ「循環経済」なのか
製造業の現場は、長らく効率的な大量生産を追求してきました。筆者もかつて、製造現場の最前線で自動化や効率化を支える立場にいました。
その経験の中で抱いた疑問があります。
「大量に生み出された製品は、寿命を終えたあとどうなるのか?」
便利で安価な製品が次々と市場に投入される一方で、その行き着く先である「廃棄物」の課題は後回しにされてきました。大量生産・大量消費・大量廃棄を前提とする経済モデルは、資源制約や環境負荷の観点からも、もはや持続可能ではなくなってきました。
こうした背景から、欧州では循環経済(Circular Economy, CE)が「次の成長戦略」として政策の中核に据えられるようになりました。
筆者は現在オランダに拠点を置き、この流れを現地から追いかけています。日本からは「欧州が循環型経済で先行している」と見られがちですが、実際には理想と現実の間で多くの調整と議論が続いています。
本記事では、その出発点となった「欧州グリーンディール」を整理します。
欧州グリーンディールとは何か
2019年12月、欧州委員会は「欧州グリーンディール(European Green Deal)」を発表しました。公式文書では次のように記されています。
“The European Green Deal is our new growth strategy. It will transform the EU into a fair and prosperous society, with a modern, resource-efficient and competitive economy.”
(欧州グリーンディールはEUの新しい成長戦略である。近代的で資源効率が高く、競争力ある経済を実現し、公平で繁栄する社会へとEUを変革する。)
— European Commission, COM(2019) 640 final
ここで強調されているのは、「環境政策」ではなく「成長戦略」 だという点です。
欧州はエネルギーや原材料の多くを域外に依存してきました。資源制約を抱える地域だからこそ、循環型の経済モデルに移行しなければ競争力を維持できないという危機感が、この方針を後押ししています。
また、欧州には「予防原則」という独自の哲学があります。科学的にリスクが完全に立証される前でも、潜在的に有害と見なされれば規制で先手を打つという考え方です。化学物質規制(REACH)などはその代表例であり、グリーンディールもその系譜に連なります。
グリーンディールから派生する主要政策群
グリーンディールは抽象的な理念ではなく、複数の具体的な政策を伴っています。特に製造業に影響が大きいものは以下の通りです。
- 循環経済行動計画(CEAP)
6つの重点分野(繊維、電子機器、包装、建設、バッテリー、プラスチック)を対象とし、製品寿命の延長や資源効率化を進める。 - 持続可能な製品規則(ESPR)
製品設計段階で耐久性・修理性・リサイクル性などを義務付ける包括規則。これにより「設計から廃棄まで」の縦断的規制が導入される。 - デジタルプロダクトパスポート(DPP)
製品ごとに原材料や化学物質、リサイクル率をデータとして付与する仕組み。サプライチェーン全体に透明性を求める。 - 包装・包装廃棄物規則(PPWR)
包装材に対する再利用・リサイクル率の数値目標を定める。食品や物流分野に直接の影響が及ぶ。
他にも多くのCE関連指令や法案がありますが、これらはいずれも「製品ライフサイクル全体」を対象にし、単なる排出規制や末端のリサイクル施策とは異なる点が特徴です。
規制は「完成形」ではなく「進行中」
日本から見ると、欧州は一枚岩で規制を進めているように映るかもしれません。しかし現実は、制度設計はいまも進行中であり、欧州内部でも温度差や多くのステークホルダーとの調整が続いています。
- Delegated Acts(DA法)
ESPRやDPPの詳細要件は今後2025年から数年をかけて個別の委員会やコミュニティで審議されるDA法(委任法)で規定されます。
例えば、ESPRでは「廃棄禁止の例外」、「テキスタイル製品におけるエコデザイン要求」などはまさにDA法の審議が進行中です。
多くの対象製品や設計基準はまだ流動的で、不確実性が高い段階です。 - オムニバス法案
複数規制の整合性を取るために一括修正する仕組み。理念先行のグリーンディールを現実に落とし込むための“調整弁”として機能しています。
最近では2025年5月21日に欧州委員会が「Omnibus IV Simplification Package」を公表し、テキスタイル産業の要件緩和やデジタル化支援など、2025年7月4日にタクソノミー関連の Delegated Act 修正案が採択され報告の簡素化、負荷軽減を目的に修正。 - Public Consultation / Call for Evidence
欧州委員会は規制策定にあたり、市民・産業界・NGOから広く意見を募ります。提出された意見には「環境保護を優先すべき」との声もあれば、「コスト負担が重すぎる」という業界側の反発もあり、合意形成は容易ではありません。
現在はまさにCEA(循環経済法)やDPP全体設計、未販売の廃棄などについてCall for Evidenceを公募中です。
2019年12月 欧州グリーンディール発表
2020年 3月 循環経済行動計画(CEAP)
2022年 3月 持続可能な製品規則(ESPR)提案
2023年〜 重点分野ごとのDPP設計開始
2024年〜 Delegated Acts(DA法)順次策定・施行
2025年以降 CEAP重点分野(繊維・包装など)で規制実装が本格化
現地で会議や展示会を覗くと、企業が「規制の理想」と「実装の現実」の間で揺れている様子がよく分かります。規制は完成形ではなく、対話と調整を重ねながら形作られるプロセスなのです。
日本製造業への示唆
こうした欧州の動きを受け、日本の製造業にとって重要なポイントは次の通りです。
- サプライチェーン全体への波及
DPPのように情報開示を義務付ける仕組みは、完成品メーカーだけでなく素材・部品レベルに及びます。下請けや中小企業も対象外ではありません。 - DA法の動向を注視する必要性
詳細がこれから詰められる段階だからこそ、情報のフォローが不可欠です。決定後に対応するのでは遅く、事前の理解と準備が競争力を左右します。 - 規制を市場機会に変える可能性
リサイクル材の需要、再利用包装、修理・リファービッシュ市場など、新しいビジネス機会も広がっています。規制を単なる「負担」と捉えず、戦略的に活用する視点が求められます。
| 政策 | 主な内容 | 日本企業への影響 |
| ESPR | 耐久性・修理性・リサイクル性を製品設計に義務付け | 輸出製品の設計要件を満たす必要 |
| DPP | サプライチェーンデータの透明化 | 部品・素材供給者も情報開示が求められる |
| PPWR | 包装材の再利用・リサイクル義務 | 食品・物流など幅広い業界に波及 |
| CEAP | 繊維・電子機器・建築など重点分野 | 業界別に段階的な規制が進行 |
まとめと次回予告
欧州グリーンディールは完成した制度ではなく、今も多様なステークホルダーとの対話と調整を通じて形作られています。理想と現実の間で揺れ動きながらも、循環経済を経済戦略の柱に据えて進もうとする姿勢が、欧州の大きな特徴です。
日本の製造業にとっても、この流れは「市場参入の壁」であると同時に「新しい競争条件」でもあります。グリーンディールの理解は、規制対応の第一歩であると同時に、次世代のビジネス機会を見極める羅針盤にもなります。
次回は、循環経済行動計画(CEAP)の重点分野に焦点を当て、繊維・包装・電子機器など具体的な産業にどのような影響が及ぶのかを掘り下げます。


