Textiles ETP Conference 2026 参加レポート
先日、アムステルダム応用科学大学で開催された Textiles ETP Conference に参加しました。
2日間にわたり、欧州の繊維・ファッション産業に関わる企業、研究機関、政策担当者、スタートアップ、業界団体が集まり、デジタル化、AI、DPP(Digital Product Passport)、EPR(拡大生産者責任)、再販、サプライチェーンの透明化などについて議論が行われました。

今回のカンファレンスで強く感じたのは、欧州ではサーキュラーエコノミーが単なる環境対応ではなく、産業そのものを再設計する議論として進んでいるということです。
特に繊維・ファッション産業では、これまでの大量生産、大量販売、大量廃棄を前提とした構造から、データを活用し、必要なものを必要なだけ作り、長く使い、修理し、再販し、最後には適切に回収・リサイクルする仕組みへと移行しようとしています。
DPPは規制対応ではなく、産業インフラである
初日の議論で中心となったのは、DPPでした。
日本ではDPPというと、「EU規制に対応するための製品情報表示」や「QRコードを付ける仕組み」として理解されることが多いかもしれません。
しかし、今回の議論を通じて見えてきたのは、欧州側はDPPを単なる規制対応とは見ていないということです。
DPPは、素材、製造工程、環境負荷、修理性、リサイクル性、認証情報、使用後の回収・再利用までをつなぐ、産業全体のデータ基盤として捉えられていました。
つまりDPPは、製品情報を表示するためだけのものではなく、サプライチェーン全体をつなぎ直すためのインフラです。
誰がどの素材を使い、どこで加工し、どのような環境負荷があり、どのように修理・回収・再利用できるのか。
それらをデータとしてつなぐことで、初めて循環型のビジネスモデルが成り立ちます。
データはある。しかし、つながっていない
印象的だったのは、多くの登壇者が「データはすでに存在している」と話していたことです。
販売データ、返品理由、在庫情報、素材情報、製造記録、認証書類、顧客の声、修理履歴。
こうした情報は、多くの企業の中にすでにあります。
しかし問題は、それらが誰かの頭の中、Excel、PDF、メール、WhatsApp、個別のシステムの中に分散していることです。
その結果、商品企画、製造、販売、修理、再販、リサイクルがつながらない。
DPPやデータスペースの議論は、この分断をどう超えるかという話でもありました。
欧州では、データを一つの巨大な中央データベースに集めるのではなく、各社が自社データを持ったまま、必要な相手に、必要な範囲だけ、安全に共有する「データスペース」という考え方が進んでいます。
これは中小企業にとっても重要です。
すべての企業が大規模なIT投資を行う必要はありません。
ただし、自社が持つ素材・工程・認証・製品情報を、必要なときに共有できる状態にしておくことが求められます。
過剰生産を減らすには、リサイクルの前に「作り方」を変える必要がある
今回のカンファレンスで繰り返し出てきたテーマの一つが、過剰生産です。
ファッション産業は長い間、「売れるか分からないものを先に大量に作る」構造で動いてきました。
予測して作る。
売れ残る。
値引きする。
利益が下がる。
さらに安い生産地に移す。
このループが、過剰在庫と廃棄を生み出してきました。
そのため、単にリサイクル技術を進化させるだけでは不十分です。
本当に必要なのは、売れないものを作らないための仕組みです。
素材メーカー、工場、物流、再販事業者まで含めて、需要データをどう共有し、在庫リスクをどう分担するかが重要になります

再販は「良いこと」ではなく、収益性あるビジネスにする必要がある
再販に関するセッションも印象的でした。
欧州では、再販や中古市場が拡大していますが、実務上はまだ多くの課題があります。
商品の撮影、状態確認、説明文作成、価格設定、出品、在庫管理には大きな手間がかかります。
そこでAIやロボティクスを使い、再販プロセスを自動化する取り組みが紹介されました。
重要なのは、再販を「環境に良いからやる」だけではなく、線形販売よりも収益性のあるモデルにするという考え方です。
循環型ビジネスは、理念だけでは続きません。
修理、再販、リユース、リサイクルが経済的に成立して初めて、産業として広がります。
これは日本企業にとっても非常に重要な視点です。
中小企業に必要なのは、巨大なITシステムではない
中小企業や個人クリエイター向けのセッションでは、より現実的な議論が行われました。
DPPやデータ共有と聞くと、中小企業には大きな負担に感じられます。
特に印象的だったのは、DPPを「作る人」と「着る人」をつなぐ手段として使っている企業の事例です。
CO2を何kg削減したという数字だけでは、人はなかなか動きません。
循環経済は、環境政策ではなく産業政策である
最終パネルでは、政策、産業、研究の立場から、欧州テキスタイル産業の今後について議論が行われました。
ここで最も重要だったのは、循環経済が環境政策ではなく、産業政策として語られていたことです。
欧州企業は、高い環境基準、労働基準、エネルギーコスト、排出コストを負担しています。
一方で、EU外から安価な製品が流入し、それらが同じ基準を満たしていない場合、持続可能な企業ほど不利になります。
そのため、欧州ではDPP、EPR、市場監視、輸入品へのルール適用、リサイクル材の需要創出などを通じて、産業全体の競争条件を整えようとしています。
日本企業への示唆
今回の2日間を通じて、日本企業にとって重要だと感じた点は大きく3つあります。
第一に、DPP対応を「製品情報の登録」として捉えるのではなく、サプライチェーン全体のデータ責任を再設計する機会として見ることです。
第二に、循環経済をリサイクルだけで考えないことです。
本質は、過剰生産を減らし、長く使い、修理し、再販し、必要なときに適切に回収できる仕組みを作ることです。
第三に、日本の強みである素材技術、品質、地域産業を伝えられるようにすることです。
日本企業も、良いものを作っているだけでは十分ではありません。
おわりに
Textiles ETP Conferenceの2日間を通じて感じたのは、欧州の繊維・ファッション産業が、非常に大きな転換点にあるということです。
それは単なるデジタル化ではありません。
単なるサステナビリティ対応でもありません。
日本でも、繊維産業、地域産業、伝統工芸、中小製造業には多くの可能性があります。

これから必要なのは、欧州規制への受け身の対応ではなく、日本の強みを国際的な産業連携につなげていくことだと感じています。

